第1回 記憶の彼方へ スイスフランショック

こんにちは。私の名前はまんだむです。

 

今回新たにFXのブログを開設しました。

 

私がFXを始めたのはもう10年以上前になります。

 

リーマンショックが起こる少し前です。

 

2008年の1月か2月だったと思います。

 

少しその頃の話をします。

 

ふと、地元の本屋さんに寄った時に、FXの本がならんでいました。

 

手に取った本の記事の内容は覚えていません。ただ、ポンドが200円を超えているのを見て、「何でこんなにポンドって高いんだ?」と思いました。

 

その頃のポンドは1ポンド200円をこえていました。

 

元々ギャンブルが好きだった私は、「ポンドを売れば儲かる、1ポンド200円なんて言うのは間違っている。」そんな理由でFXを始めました。

 

自己紹介はこれくらいにして、今回は、スイスフランショックの時の記憶を思い出しながら記事にしたいと思います。

 

あまり覚えてないので「いつ起きたのか」をまず調べました。

 

「2015年1月15日、日本時間夕刻」

 

人間の記憶って本当に信用できませんね。もう7,8年前のことのように感じます。本当に2015年か?

まあいいでしょう。それが本当なら、私はその頃、東京で仕事をしていることになります。

 

ただ、自分の記憶では福岡にいたような気がします。私の記憶がおかしいんでしょうか?

 

スイスフランショックのウィキペディア読んできました。

 

ここまで記事にしておいて申し訳ないのですが、スイスフランショックと私は関わっていないことが判明しましたw

 

結論から申し上げますと、私がスイスフランショックと思っていたのは、2011年9月のスイスの為替介入でした。

 

内容・・・スイス国立銀行は、ユーロ/スイスフランの為替レートについてある発表をしました。
その発表というのが『1ユーロ=1.2スイスフランを為替レートの最低水準と設定する。それ以下の水準は認めない。設定した為替レートを下回るようならば為替介入を実施するつもりであり、そのための資金も準備がある。』というものでした。
その発表後、実際に為替介入を行い、2時間ほどで1ユーロ=1.1スイスフランだったものを、1ユーロ=1.2スイスフランの水準まで上昇させました。

 

この時のユーロスイスもまた、大変不安定な時期でした。

 

「スイスの介入が来るぞ!」という噂が時折流れては、ユーロスイスが上昇し、噂だと分かると下がる。そういった事を繰り返していました。

 

確か夕方、為替相場を監視していると、ユーロスイスが「ニョキニョキ」っと少し上昇しました。私はユーロスイスをショートしました。

 

地獄への第一歩でした。ニョキニョキ上昇したユーロスイスは「ニョキニョキニョキ」と順調に上昇しました。私はショートポジションを追加しました。それからすぐにレートが飛んだのを覚えています。

最初の上昇からロスカットまで15分もかからなかったと思います。

 

このころは新聞配達をしていたと思います。お金はほとんどもっていませんでした。

なのでロスカットされたのは7.8万円くらいだったと思います。

 

今回はスイスフランショックについて記事を書くつもりでしたが、スイスフランショックの時はFXをやっていなかったという落ちでした。

 

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